大判例

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東京地方裁判所 平成4年(ワ)7041号 判決

原告

徳田邦夫

右訴訟代理人弁護士

舟橋一夫

被告

大木憲男

大木君子

右両名訴訟代理人弁護士

野村義造

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  請求

被告らは原告に対し、各自金六六〇万四三四六円及びこれに対する平成四年五月一六日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

第二  主張

一  請求原因

1  原告と被告らとの関係は、別紙親族関係図のとおりである。すなわち、原告は、亡大木とく(明治二二年一二月二一日生まれ、平成三年一〇月二六日死亡)の養子であった亡大木〓く及び婿養子であった亡大木茂人の長女亡徳田一力枝の長男であり、被告大木君子は右一力枝の妹、被告大木憲男は君子の夫で、いずれも右とくの養子である。

2  原告は、とくを、昭和五一年一一月から同人の死亡まで約一五年間にわたって扶養し、次の費用を支出した。

一  医療費 四八七万六〇五七円

とくは、昭和五八年六月頃から老人ボケの症状が出て、病院に入院するようになり、原告はその間の入院費及び同人の国民健康保険料を負担した(入院費七五七万五〇九七円と国民健康保険料一六万五八六〇円の合計七四七万〇九五七円から、老齢年金二六七万二四〇〇円及び還付医療費一九万二五〇〇円の合計二八六万四九〇〇円を控除した金額)。

二  扶養料 一〇三万三一三六円

とくは、昭和五三年一月から昭和五八年六月まで原告の許で生活し、その間とくに一部屋を提供したうえ、食事等の面倒をみた(原告のマンションのローンの支払額及び管理費に、とくの使用した部屋の面積割合を乗じて算出した住居費一四一万五五三六円と、原告の家計中の食費及び水道光熱費の平均支払額を、とくを含めた家族数で除した生計費一三一万七六〇〇円の総額二七三万三一三六円から、原告がとくから預かっていた一七〇万円を差し引いた金額)。

3 原告は、とくの葬儀を行って、その費用六九万五一五三円を負担した(斎場、葬儀社、寺等への支払から、香典等を差し引いた金額)。

4 被告らは、とくに対し、法律上一親等の親子として第一順位の扶養義務を負い、かつ、原告が昭和五七年頃扶養についての協議を申し入れたにもかかわらず、扶養義務を全く履行しなかった。

5 よって、原告は被告らに対し、原告が支払った2、3の扶養料等を不当利得の返還又は事務管理の有益費用の償還として請求するとともに、これに対する訴状送達の翌日から完済まで民法所定年五分の遅延損害金の支払を求める。

二  認否

請求原因1は認める。2、3は知らない。4のうち扶養について協議の申し入れがあったことは否認し、扶養義務については争う。

とくについては、原告、被告らの他、とくの孫である大木茂、曾孫である熊岡路子、徳田弘司及び徳田善雄も扶養義務を負い、扶養の順位等は当事者の協議又は家庭裁判所の審判により決定されるものであるから、原告が被告らに扶養料等の全額を償還請求することは失当である。

なお、被告らの扶養義務については、次のような事情が考慮されるべきである。被告憲男は昭和三七年一二月二五日の被告君子との結婚の際、大木〓くという養子がいることを知らず、君子が唯一人の跡取りであると誤信し、とくの要請に応じてとくと養子縁組したが、その直後から、西小岩四丁目一四五番一のとく方で同人と同居して夫婦で扶養していた。そして、右とくの住居の土地建物の持分二分の一につき、被告憲男は昭和三八年三月一八日とくから贈与を受けた(あとの二分の一は、被告君子が相続)。ところが、被告らは、昭和四二年一月頃、突然とくから家から出ていくよう要求され、あまりの唐突さ、身勝手さに驚き、怒りを覚えたものの、一力枝の夫(原告の父)である徳田善正から家を出ていくようにとの執拗な嫌がらせを受けていたこともあり、要求に応じることにした。家を出るに際し、被告憲男はとくに対し、「今後一切関係ないので、養子縁組解消の証文をもらいたい」旨申し入れ、同人から養子離縁届の交付を受けたので、とくと被告憲男の養子縁組については、事実上の離縁が成立した。また、とくからも被告憲男に対し、離縁届を渡す交換条件として土地建物持分の返還要求があったが、今後一切関係なしとの確認のもとにこれに応じ、昭和四二年一月一一日とくから被告憲男への持分移転登記が抹消された。被告君子の持分も、昭和四三年八月三日、一力枝の要請により、やはり今後とくとは一切無関係という固い約束の下にとくに贈与され、その旨の登記がなされた。被告らは、昭和四二年一月とく方を出てからは、とくと没交渉である。反面、原告の母一力枝が被告憲男に対し、とくと一緒に住んで一生扶養することを約束しており、前記土地建物についても、昭和四四年一一月二五日一力枝に所有権移転登記がなされた。

第三  証拠〈省略〉

理由

一扶養料の求償について

1 原告と被告らとが、ともに亡大木とくの直系血族であることは、当事者間に争いがないから、いずれもとくの扶養義務者である。本件請求のうち、とくの医療費及び住居費、食費等に関する分は、いわゆる過去の扶養料の求償にあたるが、このように民法八七七条一項に規定する複数の扶養義務者間で、扶養義務者の一人が負担した過去の扶養料について、他の扶養義務者に対して求償することは法的に可能である。

しかし、この場合、各人の抽象的な扶養義務については、扶養の必要性と扶養義務の履行可能性の存在が認められれば、その成立を肯定できるとしても、各人の具体的な扶養義務の内容は、当事者の協議又は家庭裁判所の審判をまたなければ確定しないものである。すなわち、旧民法が扶養義務者・権利者が数人ある場合の順序、同順位の義務者・権利者の分担・割合、扶養の方法・程度等につき詳細な規定を設け、扶養の訴えは通常の民事訴訟とされていたのと異なり、現在の民法は、これらの点について実体的規定を全く置かず、先ずは当事者間で協議し、協議が調わないか協議をすることができないときに、家庭裁判所がこれを定めることとしている(民法八七八条、八七九条、八八〇条)。これは、扶養の具体的な実行方法については、一次的に当事者の自立的かつ自由な決定に委ねるとともに、二次的に裁判所が関与する場合にも、各権利者・義務者の資力・生

活状況等あらゆる事情を考慮に入れて、裁判所の合理的裁量によって具体的に妥当な扶養義務の内容を決定するのを相当としたものと解されるのであって、これを受け、家事審判法九条一項乙類八号は扶養に関する処分を、非訟事件たる審判事項としている。要するに、協議の成立以前の段階では、当事者は相手方に対する具体的な実体法上の請求権を持っていないし、協議が調わない場合も、家庭裁判所に審判によって権利義務関係を形成することを求める権利を有するだけで、審判は存在する権利を確認する性質のものではないのである。

したがって、扶養義務者相互間においても、事務管理の有益費用償還としてであれ、不当利得の返還としてであれ、協議又は審判によって各人の具体的な扶養義務の内容が確定された時に初めて、自己が分担すべきものと定められた部分を超え、他者が分担すべきものと定められた部分について、他者に求償権を行使することが可能となるのであり、協議又は審判がなされていないのに、通常の民事訴訟手続で他の扶養義務者に対して求償を求めても請求の理由を欠くこととなり、棄却を免れないのである(最高裁昭和四二年二月一七日判決民集二一巻一号一三三頁参照)。そして、右のような取扱をすべき根拠が、前記のような扶養に関する権利義務及びその具体的内容を確定する手続の性格にあると考えられる以上、純然たる過去の扶養料のみの求償である場合、更には要扶養者が既に死亡している場合でも(この場合、扶養義務者相互間の審判において、過去に遡った扶養に関する権利義務の形成をすることを認めるほかない)、同様に解するのが相当である。

2  本件において、とくの扶養に関する協議が成立したこと又は審判があったことは、当事者の主張しないところであるから、扶養料に関する原告の請求は、その他の点につき判断するまでもなく、理由がない。

二葬儀費用の求償について

1 葬儀費用を誰が負担すべきかという問題については、一般的に確立された社会通念や法的見解は未だないようであるが、葬儀の主宰者=喪主(喪主が形式的なものにすぎない場合は、実質的な葬儀の主宰者)が負担する例が多いのではないかと思われるし(労働基準法八〇条、国家公務員災害補償法一八条が、「葬祭を行う者に対して」、それぞれ葬祭料を支払い、葬祭補償を支給するとしていることは、私人間における葬儀費用の負担についても参考とされるべきであろう。なお、香典も、喪主が取得するのが通常であろう)、被相続人の葬式費用については、相続税法一三条一項二号により、これを負担した相続人の相続財産の価額からの控除が認められていることもあってか、相続人の一人又は数人の負担とされる場合もあるようである。

この問題については、右のような点を参考に、当該地域や親族間の慣習を考慮して、条理に照して判断するほかないと思われるが、いずれにせよ、単に被葬者の扶養義務者であったことや最も親等の近い血族であったことだけで、葬儀費用の負担者とされることは通常ないと思われるし、そうすることが合理的であるという理由も見当たらない。

2  争いのない事実、〈書証番号略〉、原告及び被告憲男の各供述によれば、原告は、とくの曾孫で、とくと長年にわたり同居し世話をしてきて、とくの葬儀を実質的に主宰した喪主である(香典も原告が取得している)のに対し、被告らは、とくの養子ではあるが、とくの死亡する約二五年前にとくの家を出て、その際、養子離縁届の交付を受け、今後一切無関係との約束をする代わりに、被告憲男がとくから贈与を受けた不動産の持分を返還し、被告君子の持分もとくに贈与した者であって、その後とくとはほぼ没交渉で、葬儀にも参列しなかった者であることが認められる。

右事実からすると、1で述べたところに照らして、葬儀費用の負担者が原告となるのはごく自然であり、少なくとも被告らに対し葬儀費用の全部又は一部の負担を求めるのを正当化できる理由はないといわざるを得ない。

三よって、原告の請求はいずれも理由がないから、主文のとおり判決する。

(裁判官金築誠志)

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